


■ 記号性と実用性のはざまで
最後に、主流タイプから逸脱したペッ景をいくつか紹介しよう。
逸脱というより、進化と言ったほうがいいかもしれない。

電柱のまわりをぐるり。猫ではなく犬に向けていると思われる。
しかし設置者も、犬がペットボトルを避けるとは思っていないだろう。
つまりこれは、飼い主に向けてのメッセージとなっているのだ。
ペットボトルではないボトルが混ざっている点もそれを裏付けている。
このボトリングの進化は非常に興味深い。
犬を散歩させる飼い主(人間)へのメッセージを兼ね備えているのではないか、と
思わせるボトリングは、実はこれまでに見てきたペッ景にもいくつかある。
「ここにおしっこをさせないで」と文字で書くかわりに、ペットボトルを置く。
そのような文化が、いつのまにか日本の路上にできあがっているのである。

先ほどのようにペットボトルが記号化していく一方で、
より実用的な方向へ進化するボトリングもある。
すだれを押さえるために置かれたペットボトル。
設置者の中での猫よけ効果への期待は何割くらいなのかが知りたい。

バイクカバーの重しに利用されるペットボトル。
水は3分の1ほどしか入っていない。
猫よけへの期待はほとんどなく、
重しとしての利用に主眼を置いていることが分かる。

こちらは同じバイクカバーでも、紐はついていない。
1本添えるだけの、シンプルなボトリングだ。
水は満タン。猫よけと重しが設置者の中で同居しているのだろうか?
また、記号的役割への期待も含んでいるのだろうか?
これも心に占める比率が気になる。

花壇にちりばめられた大量のペットボトル。
さらにその上から網がかけられている。
ペットボトルが栽培されているかのようだ。

大小2つのボトルが置いてある。
これも反射に期待した猫よけだろうか。
いや、これは単に植物にやる水をペットボトルに入れて
置いているだけなのかもしれない。
配置の仕方が、なんとなくそう思わせるのだ。

これは完全なる水やりボトリング。
とんがり帽子のようなものは「灌水キャップ」というらしい。
さかさまにして、鉢に差し込むのだ。
はたしてこれはペッ景なのだろうか。
どこからどこまでがペッ景なのか、
だんだん分からなくなってきた。

■ 新たなペッ景を求めて
そもそもは「光の反射を利用した猫よけ効果」への期待を
起源として始まったペットボトリングだが、
やがて「防壁」や「重し」といった要素が多層的に加わっていき、
他方では枝分かれして系統進化するかのように、
「人間へのメッセージ」という記号性を帯びるようにもなった。
以上が私の想像したペッ景史の概略である。
私はペッ景が愛おしい。
ペットボトルは、猫を遠ざけようとしながらも、決して猫を傷つけない。
ペットボトルは、声高に何かを主張したりしない。
ペットボトルには、設置者それぞれの想いが詰まっている。
水といっしょに。
祐天寺を巡見して以来、
私は道端に落ちているペットボトルを見ても
「ボトリングではないか」と思うようになってしまった。
思わずあたりを見まわして、
他にファミリーがないかと確認してしまう。
ペッ景は今後、どのような進化を遂げるのだろう。
いつかまた、街を歩きながらじっくりと観察してみたい。
まだ見ぬボトリングが、きっとあるに違いない。

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ライター、ピクティスト。

1972年生まれ。

2001年よりピクトさんの収集・研究を始める。

2003年、Web上に「日本ピクトさん学会」を設立。

2007年・2008年に「東京カルチャーカルチャー」にてスライドショーイベント「ピクトさんナイト」を開催。

ピクトさん学の普及に努めている。


