



■ 頬笑みかけるペッ景
あなたは、ペットボトルを愛おしいと
思ったことはあるだろうか。
私はある。
祐天寺を歩いているうちに、
ペッ景(ペットボトルのある風景)が
私に頬笑みかけてくるのを感じるようになった。
祐天寺はペッ景率が高い。
かつて日本中で見かけたあの猫よけペットボトルが、
この町では今もイキイキと活躍しているのだ。
住宅の玄関前やブロック塀、
果ては電柱の根元にまで置かれている。
私はペッ景が愛おしい。
それは、ペッ景が実に「人間くさい」からだ。

■ 反射志向から防壁志向へ
ペットボトルに水を入れて置いておけば、
猫が光の反射を嫌って近づかない。
かつて大勢の人が信じた話である。
今ではその効果に疑問を持つ人のほうが多いようだが、
私はここで効果の有無を論じるつもりはない。
そこにペッ景がある。
そこにペットボトルを置いた人の想いがある。
そのことが重要なのだ。
まずご覧いただきたいのは、その反射志向タイプ。
「反射効果」への期待が見てとれるペッ景である。

何本かをまとめて置くパターン。
本数は設置者の志向や設置環境で変わる。

こちらは少し間隔をおきながらの連続置き。

十分に間隔を置いて、ぽつん、ぽつんと1本ずつ。

間隔が長すぎて、単に捨てられたペットボトルなのかと
思ってしまう際どいボトリング。
よく見ると遙か遠くにファミリーボトルが2本見える。

コントレックスを使ったガーリーなボトリング。
2本だけですっきりとまとめた。

横置きも多く見られるパターンである。
ボトルのシンメトリな配置に設置者の美意識が感じられる。
まるで舞台装置のようだ。

2本ファミリーはけっこう多い。
1本だけだと「捨てられた感」が出てしまうからだろう。

これはいささか特殊なペッ景だ。
ペットボトルがすっかり古びてしまい、輝きを失っている。
設置者はどうしたのだろうか?
ほったらかしのまま引っ越してしまったのだろうか?
なぜこのようなペッ景ができあがったのかは分からないが、
ここには、現代のボトル事情を読み解くための
重要な手がかりが隠されている。
結果的にではあっても、輝きを失ったペットボトルが、
それでも置き続けられているという事実。
ここから導き出されるのは、「反射依存からの脱却」である。
反射効果にこだわらない設置者は意外と多いのだ。

これは脱却への意志が分かりやすい形で表れたボトリング。
よく見ていただきたい。
中に水が半分くらいしか入っていないのが分かるだろう。
つまり反射への期待というより、
ここにペットボトルを嵌め込むことで
物理的に猫の侵入を防ごうという
「防壁的要素」が大きくなってきているのだ。
※さっきから勝手に「ボトリング」とか「ファミリー」
などという言葉を使ってますが、まあ雰囲気で解釈してください。

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